三十五歳のこだわり

 

     

 加藤唐九郎三十五歳の死闘

   

 モーツッアルトは三十五歳でこの世を去り、ゲーリー・ギルモアは三十五歳で人を殺した。この三十五歳という年齢について、少しこだわってみたいと思う。

 陶芸家の加藤唐九郎さんが、生前ある雑誌のインタビューでこんなことを言っている。「人間なら、三十五歳ごろが非常に重要な時期だと思う。このころが生命力の最も強い時だし、そこまでに未完成ながら築きあげてきたものによって、本当の人間の勝負はついてしまうからだ。 だが、何かを築こうとすれば必ず敵が現れる。だから三十五歳になって敵のおらんような奴は、モノにはならんのだ」と。

 唐九郎さんが三十五歳の時のこと。そのころ瀬戸焼の起源は鎌倉時代にあるといわれ、中国から陶器の製法を持ち帰ったと伝えられる加藤四郎景正という人物が、陶祖として崇められていた。ところが唐九郎さんは、瀬戸の窯跡を掘り返し調査しているうちに、瀬戸焼がそれ以前の時代からあることを発見し発表した。結果、彼は故郷の瀬戸をすべて敵にまわすことになってしまう。彼は「不敬の輩」と罵られ、公民館では一週間ぶっ続けで「加藤唐九郎打倒市民大会」が開かれる始末で、そればかりか何者かに殺されそうにもなったということだ。

 この三十五歳の時の体験が、最後まで陶芸家加藤唐九郎自身と彼の作品の重要なディテールになっていたのではないかとボクは思う。

 晩年、彼はこんな言葉を言い遺している。「見た目に体裁の整ったものには本当の美はない。陶器は土くれから創っても芸術になる。本当のものは、きれいごとではない。むしろ醜悪の中に真実が潜んでおるのだ」と。

    

 「プールサイド」三十五歳の主人公の場合

      

 村上春樹の小説に「プールサイド」という短編がある。主人公は二十歳の頃から三十五歳を人生の「折り返し点」と定め、そのことに一片の迷いも持っていない。やがて彼は三十五歳を前にして「折り返し点」を曲がる準備を始める。虫歯を治し、ダイエットとトレーニングで体を若い頃のようにシェイプアップし、不倫相手をも見つける。そして三十五歳の春、「自分はすでに人生の折り返し点を曲がってしまったのだ」と彼は自分に言い聞かせ、これからの残り半分の人生、今までとは違う生き方をするのだと密かに決心する。

 三十五歳を区切りに唐九郎さんのように、それまでの体験と蓄積を形に換えて何かを築こうとするか。それとも「プールサイド」の主人公のみたいに生き方そのものを変えてしまうか。でも、普通の人は三十五歳を特別に意味のある年齢として意識したりはしないだろう。ボク自身もそうだ。知らない間に三十五歳を通り過ぎてきた。それでも、最近こう思ったりもする。三十五歳でなくとも、一度立ち止まって自分と自分の人生を鏡に映してみる。そんな区切りの年齢があってもいいんじゃないか、と。

    

(敬)

    

  98年6月 Well PaPas 掲載

       

猫の森表紙  猫の山に帰る