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WGPライダー上田昇のこと
ヨーロッパで一番有名な日本人
今、ヨーロッパで一番有名な日本人は誰か?おそらくそれは、WGPライダー上田昇(30)、その人ではないかとボクは思う。 そう言われても上田昇って誰?たいていの人はそう思うに違いないだろう。そう言うボクもつい最近まで上田昇についても、WGPについても何も知らなかった。ましてや彼がヨーロッパではワールドクラスのロードレースライダーとして超有名人であり、愛知県出身で名古屋に住んでいるなんて事も全然知らなかった。しかも彼がボクの家のすぐ近所で、家族と共に生活を営む隣人であるにも関わらずである。
モータースポーツの盛んなヨーロッパでの彼の愛称は「NOBBY(ノビー)」。テレビや新聞の取材にも英語やイタリア語で応対する彼の名前と顔は、ヨーロッパ中に知られ、彼のヨーロッパでの本拠地イタリアでは、「NOBBY」のロゴをコピーしたマフィア製の違法商品が出回るほどのスーパースターだと言う。 そのイタリアのスーパースターも日本ではあまりにも知られていない。彼の地元、名古屋ですら彼を知る人は少ない。彼の他にも、WGPで活躍する日本人選手は何人もいる。時には海外のWGPレースで日本人ライダーが表彰台を独占することもある。だが彼らの海外での活躍が日本で一般に報道されることはほとんど無い。実際に昨年10月のオーストラリアGP125ccクラスでは、優勝した上田昇ら日本人選手が一位から三位を独占した。だが、そのことを知る日本人はロードレースファンを除けば、まずいないだろう。海外で日本人が、日本製のバイクで世界一になっても同じ日本人のほとんど誰もが知らない。これはとても不思議なことだとボクは思う。
孤高の戦士
今、世界のトップレベルで戦い、日本人が常に表彰台を狙えるスポーツがどれほど有るだろうか?せいぜい冬のオリンピックの時にだけ注目されるジャンプとスピードスケートくらいのものだろう。プロのスポーツに限ればWGPだけかもしれない。上田昇は日本を代表するWGPライダーとして十年近くも名古屋から世界に挑み、何度も世界最高峰のロードレース「WGP」を制覇してきた。彼の世界的な活躍からすればロードレースのマニア的ファンだけではなく、郷土の誇りとして彼に声援を送る市民レベル、県民レベルのファンがもっと多くいてもいいはずだと思う。 92年以来彼はずっと海外のチームに所属し孤高な戦いを続けてきた。そして昨年11月にはイタリアのルーチョ・チェッキネロ氏と新チームを結成した。ヨーロッパには古代ローマ時代からメセナ(見返りを求めない芸術・スポーツなどの文化擁護活動)の伝統があり、社会的地位にある人はパトローネとして文化の担い手(クリエンテス)である芸術家やスポーツ選手を経済的、物質的に支援する社会的義務があるとされてきた。 上田昇の海外での活躍を支えるのは、彼と彼のスタッフの実力を認める外国企業のスポンサーやパトローネ達だ。勿論、日本企業のスポンサーも何社かはあるが、外国企業に比べてその数は少ない。日本の企業は投資した以上の見返りが期待できなければスポンサーにはならないし、日本のメディアは日本で人気の無いスポーツで、日本人が海外で活躍してもニュースにはしない。日本では芸術家やスポーツ選手に援助を与える人は、道楽者と呼ばれ非難の対象とされる。ヨーロッパでココ・シャネルが尊敬されるのは偉大なデザイナーとしてではなく、ジャン・コクトーやストラヴィンスキーを育てた「偉大なメセナ」としてである。 話がついついそれてしまったが、今さら日本とヨーロッパの文化や国民性の違いを論じるつもりはない。ボクが言いたいのは、世界で活躍する上田昇のことをより多くの人達にもっと知ってもらいたい。そして同じ名古屋市民、愛知県民として皆で上田昇を応援しよう!ただ、それだけだ。 ボクが上田昇を応援するのは、彼がボクと同じ名古屋人という理由だけではない。彼がファンから愛されるに値する人間だからだ。初めて上田昇に会ったのは、一月の終わり頃、メンローブという小さなショットバーだった。たまたま隣合わせとなりマスターに紹介された。第一印象はどこかの大学の講師、そんな感じだった。バイクについて何も知らないボクに、彼は実に丁寧に色々な話をしてくれた。レースのこと、バイクのこと、イタリアのこと …。ボクがこのウェルぱぱすの話をすると、創刊号に何か書きましょうと言い、帰り際にはウェルぱぱす成功させて下さいと励ましてくれた。
女神のやきもち
4月5日、ロードレース世界選手権第一戦日本GP、日本で行われる唯一のWGPレースに鈴鹿サーキットは52000人の大観衆で埋まった。125cc決勝、二連覇を狙うディフェンディングチャンピオン上田昇にとってこのレースは、真紀夫人(24)と2月に生まれたばかりの愛娘、楓恋(かれん)ちゃんにチャンピオンシップをプレゼントするための特別なレースだ。すでに彼は前日の予選でサーキットレコードを更新するスーパータイムで、二年連続のポールポジションを決めている。 レースは1周目、スタートに失敗し九位まで順位を落としたが、持ち前の闘志とテクニックで10周目の頃にはすでにトップを奪い返していた。そして12周目ストレート、悪夢はここで待ちかまえていた。このストレートで上田昇のマシンはクラッチのトラブルで突然スローダウン。彼は後ろを振り返り右手を上げ、後続のマシンが自分のマシンを抜き去って行くのを静かに見送った。プレスルームのモニターを見つめたままボクは唖然としてしまった。それから、前日ポールポジションを決めた後のパドックからの帰り道、ボクの差し出した手を握り彼が言った「やりましたよ、約束通りポールポジション」という言葉と勝利への闘志のこもった彼の掌の感触を思い出した。彼の無念さを思うと、ボクの頭の中はどうにもならないくらいに混乱してしまった。 でも、まぁいいとしよう。今年の上田昇は強すぎる。だから女神も嫉妬して彼にちょっと意地悪をしてみたくなった。多分、そういうことだと思う。実際、今の彼の力からすれば残り十五戦を全勝しても不思議ではない。 楓恋ちゃんの1才の誕生日プレゼント、それはもう絶対に彼の「年間総合世界チャンピオン」の称号に決まっている。来年の日本GPへは郷土の英雄、上田昇を皆で応援に行こう!頑張れNOBBY!総合世界チャンピオン目指して!!!。
(敬)
98年4月 Well PaPas 掲載
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