楽園あるいは旅路の果てに                         

  

    

 僕はヤドカリを飼っている。こいつのために毎日砂を洗い、海水を替え、水槽の中に汐溜りと砂地の人工干潟を造くってやりサンゴや貝殻、流木なんかも適当に配置していく。遠く離れた懐かしい故郷の海辺を模造しながら、いつしかあの美しい海の色と潮の香りに心が満たされていく。

      

 石垣島、川平湾。東シナ海に臨み東洋一美しい入り江と謳われ、七色に彩りをかえる黒真珠の海と真っ白な砂浜。沖合いには緑の濃いこじんまりとした島がいくつか静かにたたずんでいる。絵葉書にするよりは切り取って箱庭にしてしまいたいような風景だ。

 四月、僕はこのカピラベイでこいつを拾った。いや、拾ったらしい。

満月を迎えるその日、大きく潮の引いた干潟には、幾筋もの澪すじがきらきらとした美しい縞を砂地に描いていた。ジーンズの裾をめくり上げ、愛用のスコップを片手に貝殻やサンゴのかけらを拾い集める。透けそうに淡いピンク色をした二枚貝、黒と白の縞模様がきれいな巻貝、色褪せた小枝のようなサンゴのかけら・・・・。

 スコップを持つと僕はいつも夢中になって時間を忘れてしまう。振り向くと岸はずいぶん遠くにあって砂浜と海の間にくるぶしほどもない浅瀬がずっと広がっていた。そのまん中に僕はいる。視線を遠くにむけてゆっくりと身体を一回転させてみる。瞬間違う空気が僕をつつみこむ。景色が流れ音が消え時間が止まった。

   

  「僕は何処にいるんだ」

     

  「楽園」

   

 彼女はそう言うと足もとの奇妙なふにゃふにゃした固まりをスコップで突ついた。巨大なナマコはねばねばした真っ白なそう麺みたいな糸を吹き出し、彼女はそれをスコップですくうと食べるふりをして笑った。

    

 貝殻と間違われ、二千キロの旅路の果て、ヤドカリのすみかは楽園からプラスチックの水槽にかわった。太陽の輝きも月のさやけきも波の音も自分以外のすべては失われた。水槽の隅っこの行き止まりでこいつはつぶやく。

    

  「僕は何処にいるんだ」

      

 冬が来る前にこいつをもう一度南の海に帰してやろう。あの美しいカピラの海に。

失ったものすべてを取り戻せる唯一の場所へ。

                      

   

       

創作  (敬)

99年8月

       

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