魔法のスプーン

  

   

 ・・・・ 本当にこのスプーンは不思議なんです。このスプーンは、涙を止めることもできるし、悲しみの深さだって測ることが出来るのです。使い方は簡単です。涙が出てきたら、スプーンの先を鼻と瞼のつけねあたりに、そーっとくっつけます。そうすると涙腺から溢れた涙がスプーンに溜まります。それから溜まった涙を口に運びます。これで悲しみぐあいが分ります。一番悲しい涙は死海の海水ほどにしょっぱく、嘘の涙は北極の海水みたいに水っぽいものです。涙を止めたい時、鏡の前でこれをやると、不思議なことに涙は瞬時に涸れてしまいます。このスプーンは香港のキャットストリートで見つけたのですが、骨董屋の主人は、昔ペルシャの女性が使った涙壷より値打のあるものだと言っていました。値段は秘密です。日本に帰ったら現物をお見せします。・・・・ それじゃ。

                                         増田徹也

       

 増田徹也から届いた手紙には奇妙な消印があり、何の変哲もないスプーンの白黒写真が添えられていた。残念なことに僕は死海にも北極にも行ったことがない。彼は今も昔もずっと世界中を彷徨っているのだ。雨を降らす傘だとかなくし物を見つけだす手袋だとか猫の心が読めるサングラスだとか、色々と不思議なものを探し出しては、世界中のあちらこちらから写真と手紙を僕に送ってくる。実は、僕は増田徹也のことを全く思い出せないでいる。初めて写真が送られてきた時から、ずっと思い出そうとしてきたのだけれど、そのうち思い出すことを止めてしまった。でも僕は、彼が永遠に日本に帰ってくることはないし、世界の何処へ行ったとしても、僕が彼には会うことはないだろうと、いつからかそんなふうに確信している。それでも僕は、増田徹也から届く写真と手紙をいつも楽しみに待ち続けている。いつか「無人島で昼寝している夢がみられる枕」の写真なんかを送ってくれるのを期待しながら。

創作  (敬)

          

99年8月

       

猫の森表紙  猫の山に帰る