2002年7月13・14日 西穂高岳 2908m
西穂高口〜西穂高山荘〜独標〜西穂高岳 往復
プロローグ
7月5日 御在所藤内壁一の壁
一度くらい一人で北アルプスに行ってみようか。西穂から奥穂まで縦走しよう。そう思いたってみたもののとても自分のレベルではない。御在所クライミングスクールの岩登り教室に参加することにする。あらかじめ増井先生に穂高縦走バージョンのトレーニングしてくださいとお願いしておく。藤内沢に入るのは初めて、テストストーンで基本訓練をしてから後尾根を周回。岩登り要素の多い面白いルートだった。後尾根が登れれば日本のだいたいのクラシックルートは登れますよとのことで、穂高縦走用に特別メニューを組んでいただいたみたいだ。
その後いよいよ一の壁でクライミング。まさしく壁だ、傾斜角は70〜80度位らしいが垂直に見える。ロープの使い方の説明のあとまずは左端の4級2ルートをクライミング。グレードとかいってルートごとに難易度がつけられているそうだ。増井先生が先に登ってお手本を見せてくれる。まるで人間技ではないようにするする登って行く。はい、いーよ登って。真ん中あたりのオーバーハングで苦戦、下を見たら心臓がキュンとなった。なんとかクリアしてもう一度2ルートをクライミング。今度は落ち着いて登れた。次ぎに壁の真ん中の5級左トラバースルートにチャレンジ。級数の大きい方が難易度が高いとのこと。さっきより簡単じゃンと思いながら調子よく途中まで登ったら核心部で滑って宙吊りに、またまた胸キュン。なんとか這い上がり一の壁の真上から下を眺めたら凄い高度感にさらされた。こういう高度感に慣れておくのも穂高の縦走には必要なんだろうな。スクールを終え菰野山岳会の小屋まで戻りコーヒーをごちそうになりながら、増井先生から西穂から奥穂までの縦走についていろいろアドバイスをしていただいた。シーズン始めなので浮き石や落石に注意すること、特に間ノ岳のガレ場には慎重をきすこと。ジャンダルムを巻いた後の鎖場の取付きを見落とさないことなどアドバイスしていただいた上、ルートの略図までメモしていただいた。よーしっ、これで何とかなりそうだ、増井先生ありがとう。
写真 上 藤内壁一の壁 下 後尾根の岩場
台風接近!
岩登りトレーニングを終えてからは天気が気になりだした。11日、台風5号が通過。台風一過の晴天を期待していたら6号7号が近づいて来た。通年なら7月に発生する台風は大平洋高気圧にはじかれて大陸方向にそれるらしいが、今年は高気圧の張出しが弱く梅雨前線を刺激し大雨を降らせながら日本直撃コースに入ってくる。経線入りのGPS用全天候型地形図を取り寄せ、雨やガスで視界を失った時に備え地図のはしに主なピークの緯度経度の数値をメモしておく。12日、西穂高山荘に13日泊の予約を入れる。穂高岳山荘に電話で山荘から奥穂までと涸沢から上の状態を問い合わせる。いずれもピッケル、アイゼン不要とのこと。岳沢山荘にも問い合わせたところ奥穂からの吊り尾根の下りと前穂の下りには要アイゼンとの返事だった。帰路を涸沢経由で上高地に下ればアイゼンは不要だが万一天狗沢にエスケープした場合はアイゼン無しでは雪渓を下れない。アイゼンを持っていくか、置いていくか?できるだけにザックは軽くしたいが・・・。夕刊に台風5号による北海道トムラウシ山で名古屋の女性パーティーの遭難記事。台風接近が分かっていても直前で計画を中止するのは難しい。大したことにはならないだろう、希望的観測が死地へ赴かせる。アイゼンをつめこんだり取り出したりと何度もパッキングをやり直しているうちに夜はどんどんふけていく。明日出発だ。
西穂高山荘
13日、3時30分起床。早朝仕事をすませてから登山計画書と山岳保険証のコピーを部屋のドアに貼付けて7時15分出発。嫁さんはまだ爆睡状態だったが愛猫のたまが見送ってくれた。一の宮ICから東海北陸道に入ったとたんに土砂降りの大雨に、叩きつける雨の音で元ちとせの歌が台無しだ。美並ICを過ぎると曇り空となり清見ICをおり高山を抜けると時折薄日が射しはじめた。今日の行程は西穂高山荘までなので時間はたっぷりある。新穂高ロープウェイ手前の「ひがくの湯」に立ち寄る。ここは露天風呂だけだったが他に誰もいなくて貸切状態。湯上がりのビールを飲んでいると急に雨が降出し稲光りが。天候好転の淡い望みは消えた。まぁ、台風が近づいてては仕方ないか。明日はもっと悪くなるだろう、中止して温泉巡りでもしようかとつい弱気になる。が、今まで雨だからといって山行きを中止したことなど覚えがない。行くべし。ロープウェイ駅すぐ上の駐車場に車を置きカッパに着替える。ピッケルは車に置いておくことにする。ロープウェイはガラガラ、登山者は僕だけだ。山行きを1週間遅らせれば乗車待ちのうえ寿司詰め間違い無しだ。ロープウェイはガスに包まれ展望はゼロ。途中乗継ぎをして20分ほどで西穂口に。整備された樹林帯の登山道を西穂高山荘に向かう。50分ほどで山荘に到着、途中何人もの下山者とすれ違った。まだ2時を過ぎたばかりだ、山荘には入らず丸山あたりまで偵察に向かう。予定通りなら明日は4時出発、ヘッデンでも稜線に上がれるよう足場の確認くらいはしときたい。丸山の小広場はガスに覆われ穂高連峰も笠ガ岳も焼岳も何も見えない。山荘に戻り濡れたカッパを乾燥室に干してから受付。明日の朝食を弁当に替えてもらい、ついでに昼食の弁当も注文しておく。20人分ほどの寝具が並ぶ部屋に案内されたが同室者は誰もいない。まだ3時、暇つぶしに喫茶室でビールタイム。外に出れないせいかほぼ満席。ロビーに戻り天気予報を見ていると、「え〜っ台風来てるのーっ」とあるおばちゃん。「ほんとに〜っ」と別のおばちゃん。ええっ、おばちゃん大丈夫、と思っていると「すいません、お風呂どこですか?」とタオルを持ったおばちゃん登場。世界の終わりとハードボイルド的パラレルワールドに明日は命懸けとの緊張感が一気に弛緩する。5時30分、やっと晩ご飯。缶ビールを買って食堂に、おかずが全部一皿にのっかっていてお子様ランチみたいで嬉しい。美味しい。山小屋に一人で泊まるのは初めてだけど結構楽しい。ビール飲みながら食事してるのは僕だけでちょっと雰囲気読み間違えた感じだけどまっいいか。消灯前洗面所に行くとおばちゃんでいっぱいだった。石鹸で顔を洗ってる人や歯磨き剤を使っていいる人が何人もいた。環境のことなど頭にないみたいだ。9時消灯、外はあいかわらず激しい雨と風。おやすみなさい。
縦走断念西穂高岳退却行
3時30分、窓のみしみしという音で目がさめる。風雨はいっそう強くなった感じで、激しく揺れる木々が雷光に写し出される。とても外には出られそうにない。4時出発はあきらめ様子を見ることにして朝食用のお弁当を食べてしまう。夜が明だすにしたがい雨が弱くなってきた。5時45分、雨足がさらに弱くなった、行こう。大急ぎでカッパを着込み6時03分出発。雨は小雨だがガスが濃く風が強い、視界は20m位か。森林限界を越えへ稜線に出たとたん強風にあおられる。なんだか去年の冬の再現だ。緩い小ピークを二つ三つ過ぎると急な岩稜の登りになった、多分独標だろう。6時46分、独標。すべてが灰色に包まれて何も見えない。目の前にあるはずのピラミッドピークさえ見えない。ますます風は強まりびゅーびゅー鳴っている。こりゃ全然だめだ、とても奥穂なんて無理。西穂だって無理かもしれないぞ。ふん、西穂までは絶対行ってやる。独標で引返したらただのハイキングだ。とにかく次はピラミッドピークだ。適当に北に下りかけてドッキリ、断崖絶壁だった。降り口をガスに隠されて間違えた。両側が切れ落ちた岩場をクライムダウンして稜線に降りる。ピークを二つほど乗越し大きな壁をよじ登るとピークの大石に「ピラミッド」と印されていた。ひたすら稜線つたいに進む。ガスが強い風に流され飛騨側から信州側に稜線を乗越していく。ガスの中から突然現われるピークを一つずつ乗越す。危険なピークは全て飛騨側を巻く。足下の急峻な岩崖もガスに埋めつくされていて岩場のトラバースも高度感が全く無い。濡れた岩がいやらしいが前を行く人がいないおかげで落石の心配も少ない。
ふと気がつくと7、8m前を茶色いニワトリが歩いている。何でこんな所に名古屋コーチンがいるんだと思ったら雷鳥だった。すぐ後ろに僕がいても平気みたいだ。ペンギン歩きでお尻ぷりぷりさせながら僕を先導していく。岩場も上手にぴょこぴょこ登っていく。ガスで見失わないよう雷鳥の後を追う。まるで雷鳥にガイドしてもらってるみたいで不思議な感じ。それにしてもなんでこいつ飛ばないんだ、と思っていたらグガァーと一声鳴いて飛騨側のはい松の茂みにもぐりこんでいった。バイバイ、リーダー。もう西穂のピークは間近なはずだ。溶けた雪渓のエッジが分厚い雪の壁となって稜線間際にせりあがっている。傾斜のきついスラブ状の壁に取りつく。間違いない、これが最後の壁だ。飛騨側から時折ゴーッとみぞれ混じりの強い風が吹き上げてくるが、冬のクラストした状態に較べればどうということもない。濡れた岩に足を滑らせないよう注意するだけだ。それにしても冬用のネオプレーンのグローブは正解だった。普通の手袋だったら手がかじかんで岩を掴み損なっていたかもしれない。7時55分、西穂高岳山頂。何も見えない。寒い。何とか写真を撮ってすぐに引返す。仕方がない。9時47分、西穂山荘帰着。思わぬ台風に穂高縦走はならなかった。昨年2月に続く悪天候に北アの玄関口までしかたどり着けなかったが、それでこそ北アなのだろう。また来年チャレンジすることにしよう。
