早朝のドライブは気持ちいい。小淵沢ICを下り観音平への林道に入り富士見台にさしかかると、薄い雲の垂線の彼方に朱に染まりはじめた富士の頂きが浮かび上がってきた。観音平に車を置き編笠山を目指す。紅葉もすでに見ごろを過ぎ、登山道も落葉に埋まり始めている。横手川で道を左に分け溶岩帯あたりからの急登で息が切れかけたころ山頂にたどりついた。山がいっぱい広がっている。日本アルプスをはじめ中部山岳帯の山々が一望に見渡せる。縄文人の彼もこの景色にはさぞ感動したことだろう。黒い溶岩に腰掛け遠く小さな槍の穂を眺めながらおにぎりを1個食べる。青年小屋にいったん下り権現岳への稜線に取りつく。権現岳の前衛ギボシから編笠山を振返る。確かに笠の形に見える気もするが、編笠そのもののイメージがうまく思い出せない。権現小屋の前にさしかかると「むかしながらのランプの山小屋」と書かれた看板と料金表の立て札が立てられていた。「一泊7000円、休憩200円」。休憩200円・・・?。権現小屋を過ぎるとすぐに赤岳と権現岳の分岐に出た。思わずため息。いい景色だ。構図が美しい。阿弥陀岳から赤岳への吊り尾根を前景に、そのきれいな曲線の後ろに八ヶ岳の峰々がすっぽりおさまっている。
分岐から5、6分で権現岳に。岩塊の頂きから三ツ頭越しに富士山を眺めるながらあんパンを食べる。分岐にもどり赤岳を目指す。少し下り「61段の源治ハシゴ」の上部に。下からおばさんが3人登ってくる。こんなに細くて長いハシゴに3人も同時に取りつくとは、おばさんたちは度胸がいい。まっ、まとめて上がってきてくれた方が待ち時間が少なくていいやと思っていたら、3人目のおばちゃんがもう少しで登りきるというところで、「少し休憩」といって停止してしまった。イライラ・・・。ハシゴの段数を数えながら降りたら71段あった。付け替えの時に段数が増えたのかもしれない。旭岳を越えると30人ほどの団体さんに遭遇、巻き道を譲り稜線直登ルートで強引にすれ違う。「そっちは危ないですよ。」と親切なおばちゃんが声をかけてくた。ありがと、おばちゃん。ツルネの手前でまた団体さんがこちらに向かってきた。人数を数えると28人もいる。岩かどに退避して道をあける。コンニチハ、スミマセン、コンニチハ、コンニチハ、スミマセ、コンニチハ・・・・・・・・、あ〜疲れる。「こっちからも通れそうですよ。」とまたまた親切なおばちゃん。おばちゃんの指先は急斜面のザレ場に向けられている。・・・・やれやれ、通れるんだったら、あんたが通ってみれば。ツルネ、キレット小屋を過ぎP2450に。ここから見上げる赤岳の南面は絶壁のようにそそり立っていて八ヶ岳とは思えぬアルペン的な迫力で迫ってくる。壁の底に下り赤岳に取りつく。
頂上までの標高差は450m以上、縦走中のハイライトだ。取りつきは砂ザレだが、やがて両手足を使う赤ガレの急斜面となり面白味が増してくる。つめるに従い前方に竜頭峰に連なる岩峰群があらわれ、ますますアルペン的な雰囲気に気分が昂揚する。「ウワッー」という声に上を見上げると下山中のおばちゃんが20mくらい先でひっくり返っている。数秒おいて砂礫がバラバラと降りかかってきた。おばちゃんパーティーとすれ違う。しばらくしてやかましい声に下を振返ると真下の岩棚で、おばちゃんたちが座り込んで小休止している。こんなガレ場で休憩するなーっ。落石くらっても知らないからな。周囲の状況をまったく判断しないのもおばちゃんパーティーの特性の一つかもしれない。まぁ、おばちゃんだからしかたないか。赤ガレの壁を登り切り、岩稜を東側にトラバースして再び岩稜に突き出る赤いハシゴを登りつめると目の前が開け、阿弥陀岳が真正面にあらわれた。岩稜を西に乗越し真教寺尾根の分岐に。ここから頂上直下をつめ、赤岳南峰に。去年の秋にはなかった真新しい石の祠が祀られている。ひとしきり景色を楽しみ北峰に移動。頂上小屋のテラスで休憩のつもりだったが、すでにテラスは団体さんに占拠されていた。小屋で缶ビールを買って南峰に戻りお昼ごはん。
下山は真教寺尾根から美し森を経て清里へ。真教寺尾根上部はザレ場の急崖で長い鎖場が続く。縞枯れを抜けると展望のない樹林帯となり退屈する。賽の河原を抜け羽衣池に。美し森の展望台に出ると観光客がいっぱいだった。ここで今日の山行きは終わりにしておこう、清里の駅までアスファルトの道路を歩いて行く気にはなれない。タクシーと小海線を乗継いで観音平に。八ヶ岳はこころを癒してくれるとても優しい山だ。この山の優しさは縄文時代から今も変わることはなかっただろう。ただ、人間は変わる。山にとってもはや人は優しい存在とは言えなくなくなってしまった。それにしても、今日はずいぶんと交通費がかさんで、財布にはとても厳しいの山行きだった。