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 2003年7月13・14日    剱 岳 2999m 

       

 馬場島〜早月小屋〜剱 岳〜別山乗越〜室堂           

    

           

 7月13日

  11:35     馬場島   

  15:28     早月小屋

 7月14日

   4:40     早月小屋

   7:16     2800m

   〜 7:25

   8:36     剱 岳

    〜9:06

  10:31     前剱岳

    〜10:37

  11:40     剣山荘

    〜12:20

  13:35     別山乗越 剱御前小屋

    〜13:50

  15:12     室堂ターミナル

   

       

 行こう、突然思いたって剱岳へ。飛行機、バス、電車、タクシーを乗継ぎ11時過ぎに馬場島に到着。片道交通費22880円、無駄にはできない必ず完登するぞ。早めの昼食をすませ、11:35早月小屋を目指し登山口を後にする。登山口の標高は650m、2200mの早月小屋まで、初日の行程はただひたすらの登りだ。取りつきから急登だがこの程度は鈴鹿でなれている。松尾平あたりで小雨が降り出し、ヌタ場で靴が泥だらけになる。晴れていれば松尾奥ノ平から剱岳、小窓尾根が望めたはずだが雨とガスで何も見えない。展望の無い樹林帯が延々と続き、あまりのバカ尾根さにだんだん退屈してくる。1800mあたりで雨が上がり、薄日が射しはじめる。登りはじめて3時間、1900mを過ぎると右手に雪渓をいだいた大日岳連峰が見えはじめた。見晴しのいい小ピークに出るとコブを一つ隔てて早月小屋が目の前に現われた。

 15:28、早月小屋着。「こんにちは」声をかけると、頭にはちまきをした小柄で精悍そうなおじさんが出てきた。「江口さん?オレ明日4時に小屋下りるんで、それまでに出られるかな?」。「僕も4時に出るつもりだったからちょうどいいです。朝食は弁当お願いできますか?」。「ええよ」ということで二階の「小窓」の間に案内される。ビールを飲みながら窓の外を眺めていたらまた雨が降りはじめた。ぼけーっと新聞を読んでいたら青年がやってきて「酒飲むから下に来てよ」と誘われる。おじさん手作りの肴で焼酎宴会。メンバーはおじさん、青年、名古屋から来た二泊目のドクター二人組み、僕。宴の最中、すごく美味しいボルシチ御飯が出されたが、これが夕飯だったみたいだ。おじさんはすでに年金をもらっているとのことだったが、早月尾根はオレが守ってるんだという気概が溢れていて頼もしい。青年はこの小屋に居着いていて毎週小屋に上がっては、ボランティアで登山道の整備をしているそうだ。ドクターはヒマラヤにも何度か遠征経験があるとのことで、生活習慣病なんて標高5000mあたりで生活すればすぐに治っちゃうと話していた。明日は青年が留守番をすることになり、ドクター二人組は明日はゆっくりしてから下山することに。8:30就寝、雨が強くなった。

   

上  早月小屋    中  奥大日岳と立山川   下  小窓尾根 

 7月14日、午前3時起床、雨は小降りになっている。身支度を整え弁当を取りに食堂へ下りる。ドアを開けるといきなり人の頭がヘッデンに照らし出され、思わずのけぞる。「あーっ、もう3時半だ。」と小屋のおじさんが跳ね起きてきた。「行くか?明るくなるまで出ちゃかんで。」そう言い残して自分は4時に早月尾根を下って行った。仕方なく部屋に戻り弁当を食べながら明るくなるのを待つ。弁当は助六寿司だった。

 4:40、早月小屋出発。玄関から奥に声をかける。「お世話になりました」。「もー行くの、コーヒー飲んでったら?」と食堂の奥から青年の声が返ってきた。「靴履いちゃったんで、もう行きます」「あーっ、取りつきに気をつけてね。落ちたら終わりだよ。」「ありがとう。」「気をつけてね。」ドクターの声も返ってきた。二人でコーヒー飲んでたんだ。「それじゃ、行ってきます。」顔は見ずとも心は伝わる、いい出立ちだ。雨はさらに小降りになり、小窓尾根がぼんやりガスに霞んでいる。取りつきからいきなり雪渓のトラバース。滑ったらあっと言う間にもっていかれそうだ。急斜面だが雪が腐ってほどよく締まりエッジがよく効く。ルートを慎重に探りながらトラバース。尾根に上がると雨は降ったり止んだり状態に。カッパの上着をザックにしまう。

 池ノ谷側の小雪渓をいくつかトラバースし、いつしか森林限界を越えて2600mのピークに。池ノ谷右俣の荒々しい岩峰群が目の前に迫る。ここからが核心部だ。谷底まで1000mもある鎖場のトラバースが連続する。薄日も射しはじめ天候回復の兆しに勇気づく。手袋をネオプレーングローブに替える。鎖をたよりにへつり続けていたら、鎖が突然雪の中に消えた。ここだけ雪渓が稜線までせり上がり鎖が埋没してしまっている。岩壁と雪渓の境目は雪の壁になっていて、とてもこの壁を乗越えてトラバースなどできない。予期せぬ状況に戸惑う。やむなく雪渓のエッジ沿いに稜線めざしてクライミングするはめに。岩壁と雪壁のチムニーに体をはめこんで両手足を突っ張りながらせり上がる。下を見ると股の間から谷底に向かって無限の空間が続いている。ああ〜っ、これはヤバイと思ったがこの体勢では降りるに降りられない。ピッケルがあればなぁ、泣きたい気分で必死に稜線の窓に這い上がると、目の前にギザギザの岩峰群が現われた。八ツ峰だろうか?。見上げるとこの辺りの上空だけが真っ青だ。慎重にルート復帰し、カニのハサミを通過、別山尾根の分岐に。

    

  剱岳山頂

 8:36、剱岳山頂、頂上独り占めのつもりだったのに一人いた。横浜の人で、剣山荘を夜明けとともに出てきたとのこと。写真を撮ってもらう。今日、剣山荘から剱岳に登ったのは彼だけで泊まり客も他にいなかったそうだ。それにしても奇跡的にここだけが晴れている、すぐそこの北方稜線すら霞んでいて、展望がまるでない。祠の脇に腰掛けてあんパンを食べる。山頂は岩だらけだ。横浜の彼はすぐ下っていってしまった。30分ほど休憩して下山開始。別山乗越から室堂に下りる予定だ。

 カニのヨコバイを通過したあたりで空が曇りはじめる。平蔵のコル、平蔵の頭、前剱の門、前剱とアップダウンが続く。急登一辺倒の早月尾根とは好対照だ。前剱大岩から武蔵のコルへ、ガレ場の下りで浮石に足をとられちょっとヒヤリとする。武蔵谷の雪渓が足下まで迫っている。一服剱を剣沢側から巻いて剣山荘に到着。生ビールを注文したら来週からだと言われた。しかたなく缶ビールと牛丼を注文、他に客もいないのでのんびり休憩。ほろ酔い気分で窓の外を眺めていたら雨がぱらつきだし、あわてて出発。とりあえず剱沢小屋をめざす。小尾根を乗越し雪渓を横切る。みるみるガスが立ちこめ視界が効かない。つま先を雪面に蹴り込みながら足下のトレールを追うが所々不鮮明で不安になる。1時間以上たつのに剱沢小屋にたどりつけない。つま先が冷たくなってきた、冬靴を履いてこればよかった。ガスで何も見えない、雪渓を吹き上げる風が冷たい、いい加減雪渓のトラバースにうんざりしかけたら目の前に7、8mの雪の壁が現われムカつく。ステップを蹴り固めながら這い上がるといきなり雪が消えてしまった。数メートル進むとガスの中から山小屋が出現、剱沢小屋かと思ったら剱御前小舎だった、ということはここが別山乗越か。どうやら剣沢に下りることなく剱御前岳の稜線下をトラバースしていたみたいだ。とにかく休憩。ガスの中、雷鳥沢の雪渓を赤旗を目印に、靴底を滑らせながら一気に滑り降りる。何とも言えない快感。雷鳥平まで滑り降り野営場まで来た所でホワイトアウト。室堂平の建物は何一つ見えないし、遊歩道も雪の下。適当に進むと雷鳥沢ヒュッテが現われ、雪の溶けた地獄谷の遊歩道に出てしまった。ちょっと大廻りになったが15:12、室堂ターミナルに到着。とにかく剱に登った。

        

 梅雨の明けきる前の北アルプスは静かだ。早月小屋から別山乗越しまで出会った登山者は山頂の彼ひとりだけだった。剱岳山頂では局地的な晴天にも恵まれた。だが予想以上の残雪に予期せぬルートファイティングやガスの中長い雪渓のトラバースを強いられたりと厳しい状況も経験することになった。剱といえどもこの時期なら何とかなるだろうというのは間違いだった。もうひとつ強風という気象状況が加わっていたら危険な状況だったかもしれない。僕のレベルではまだ9月頃の北アルプスが適当みたいだ。次は前穂高岳に行ってみたい。

   

       

  

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