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  2004年4月26日     富士山 3776m

    

 

 佐藤小屋 〜 久須志神社 〜 剣ガ峰久須志神社 〜 スバルライン終点五合目 

 4月25日

  14:30   スバルライン終点

  14:40   佐藤小屋

 4月26日

   5:10   佐藤小屋

   9:30   久須志神社

   時間不明   剣ガ峰

          富士山測候所

   時間不明   久須志神社

  14:15   スバルライン終点五合目 

    

      

      

     

     

 25日午後、佐藤小屋で田辺治氏と合流、小屋は二人で貸切り。夕食まですることがないので酒盛り。コッヘルで燗した酒にイワナを入れた骨酒を二人で回し飲む。富士山の山小屋で、世界屈指のクライマー特製のコッヘル骨酒が御馳走になれるとは、夢にも思わなかった。夕食の鶏と白菜の鍋をたいらげ7時半に就寝。

       

 26日、4時起床、朝食は煮込みうどん。5時10分出発、快晴、空はすでに明るくなりかけている。赤茶けた火山岩の砂礫の道をたんたんと登る。眼下はるか東、朱に滲んだ東京湾が見える。佐藤小屋から山頂までの標高差1441m、単調な登りが続く。八合目手前からようやく雪道に、アイゼンを装着。時折強風に煽られるが、耐風姿勢をとるほどのことはない。八合五尺あたりは急なアイスバーン、ここで滑落すると止まらないだろう。アイゼンのつま先に神経を集中し、田辺氏のリードでジグザグを切りながら頂上を目指す。高度が上がるにつれ空の蒼さが濃さをましていく、ヒマラヤの空の色はもっと濃く黒いと田辺氏。ひたすら登り続け、9時30分頂上お鉢の久須志神社に、がっちり握手、とにもかくにも富士山の頂上の一角にたどりついた。高度障害に悩まされることもなく、体力的には以外と楽な登りだった、リードがいいと登山も快適だ。行動食をとり休憩。

        

 ここまできたら、日本最高所、富士山剣ガ峰まで行きたい。久須志神社からは火口を隔てた真正面、お鉢を半周した先になる。さすがに頂上稜線は風が強い。剣ガ峰を目指し行ける所まで行くことにする。白山岳の取りつきあたりまでは稜線通しで強風にさらされたが、頂上円形稜線から一歩内側に入ってしまうと全くの無風状態となった。お鉢の内側のカチカチのアイスバーンカールを慎重に下り、剣ガ峰に取りつく。時間不明、剣ガ峰、日本最高点、富士山測候所、再び握手。田辺氏は先月、強力のバイトで測候所に2、3日滞在していたということで、測候所を訪問して行くことに。すでに観測レーダーは撤去され、この冬期を最後に越冬観測も最後となるとのこと。田辺氏は、最後の強力の一人というわけだ。測候所の中は潜水艦内部のような作りになっていて窓はほとんどなく天井が低い。観測員とコックは一度上がると、交代要員が上がって来るまでの2週間をこの狭い測候所で暮らすことになる。図書室をかねた居間に通されると極地には不似合いな革張りのソファーが。このソファーは皇太子が富士登山をしたときに急きょあつらえられたものだという。マグカップいっぱいに注がれたコーヒーを御馳走になりながら、田辺氏と観測員さんの会話に耳を傾ける。皇太子のソファーに腰掛け、最後の越冬観測員と最後の強力クライマーと自分が、一緒に日本一高い(所の)コーヒーをすすっているといのも奇妙な気分だ。

 観測員さんに見送られ測候所を後にして、帰路につく。往路をたどり久須志神社へ、ここからアイスバーンの斜面をを慎重に下る。アイゼンをつけて固い雪面を下るのは、思いのほか膝にこたえる。ペースが早すぎて、頻繁に田辺氏からもっとゆっくり、慎重にと声をかけられる。八合目小屋上部の安全帯まで下ると気温の上昇でほどよく雪が腐っていて、尻セードに絶好のコンディション。爽快な尻セードと立セードで一気に下山距離をかせぐ。七合目あたりでアイゼンをはずし、後は登り同様、淡々と赤茶けた砂礫の道を下り河口湖五合目、スバルライン終点に帰着。

 富士山は日本最高峰故に一度は登っておきたい山だった。ただ、夏のシーズンにごみごみと人ごみをかき分けて登るよう軽薄でマジョリティーな登山だけはしたくなかった。自分がまだマイノリティーであるためには、決して夏の富士には登ってはいけないのだ。雪の富士に登りたい、その一言を彼は憶えていてくれた。田辺治、優しくて清貧にして人間を感じさせるクライマーだった。

    

     

      

           

     

 写真   上  剣ガ峰へ   中  田辺 治氏  下  富士山測候所

         

        

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