|
ハリマオのイド
小龍の穴があるという。探してみたくなる、覗きたくなる、潜りたくなる・・・・・。何と自己の欲求に忠実なことか。その穴はまるで底のない井戸のようだ。どこまでも暗い闇が続いている。一度この闇の世界に入り込んでしまうと二度と光の世界には戻れぬかも知れない。きっと、この井戸の底は無間の闇の国につながっているに違いない。穴を覗き込み、言葉を忘れそう思った。彼はこの穴に降りるという。この底の見えぬ井戸に。このまま肉体を失い闇の世界の住人になるかもしれぬ恐怖よりも穴の底に降りたいという自己の欲求に彼の精神は支配されているのだ。
フロイトは精神を、イド、自我、超自我からなる心的装置として分析した。山にあっては、彼のスイッチはいつもイドにONされているのだ。山に入ってまで自らの行動を組織の統制にゆだね、決められたルートとルールに従い、パーティーのためには自己の欲求と行動を抑制する。それら理性と規則を伴う超自我的登山者たちの対極にあって、自分の欲求の欲するままイド的に山と関わり続ける彼、ハリマオ。ただ、穴を見つけたから降りていく。危険を回避する理性より、恐怖をしのぐ好奇心に本能がくすぐられ、思うままその本能に従う。彼にとって未知の穴、底知れぬ井戸の底に降りることなどは、単に山における己の精神のイド的暗喩に過ぎないのだろう。
彼は小龍の穴にロープが許す限りくだりきり、そこで足下から切れ落ちる奈落の底に地下水脈を発見した。水深は測りようがない。水の流れはこの地の底からさらに真っ暗な横穴に注ぎ込んでいる。きっとあの横穴をたどれば・・・・。水底に飛び込み流れの果てまでたどりたい。だがすでにロープはつき、ましてや潜水具など持ち合わせていない。それでも、もっともっと降りていきたい。底知れぬ井戸の水底に、彼は彼のイドに誘われる。
彼は再び光の世界に戻ってきた。二度とこの穴には潜らない、と彼は言った。でも、もはや彼は小龍の呪縛から逃れることはできないだろう。何故なら彼は、その井戸の底を彼のイドから覗いてしまったのだから・・・・・・・。 そう、いつか彼が小龍の泪のしずくをなめに母なる御池の胎内に帰する時、光の世界の一遍から彼をビレイするのは、ア・ナ・たかもしれない・・・・・・。
03.06.19 |